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大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)195号 決定 1985年6月18日

抗告人 南平三郎

<ほか二名>

抗告人ら代理人弁護士 長山亨

同 長山淳一

同 中祖博司

相手方 南紡績株式会社

右代表者代表取締役 南六夫

右代理人弁護士 島津和博

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

相手方が抗告人らから買い取るべき原決定添付株式目録記載の株式一六万一五一〇株の価格を一株につき金五〇五円と定める。

二  原審及び当審における本件手続費用のうち原審鑑定人饗庭昇一及び当審鑑定人田代清に支払った各鑑定料の二分の一を相手方の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨

1  原決定を次のとおり変更する。

原決定添付株式目録記載の株式の買取価格を一株につき金二〇〇〇円と定める。

2  本件手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

二  抗告の理由《省略》

三  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  相手方は、綿糸、混紡糸、化繊糸の製造等を目的とし、大正一〇年九月二一日に設立された株式会社であって、発行済株式総数二〇〇万株(普通株)、一株の額面金額五〇円、資本の額一億円の、非上場、非公開の閉鎖的同族会社である。

(二)  相手方は、昭和五五年一一月ころの時点において、帳簿上の総資産は三六億八九五七万円、その推定清算処分価額(土地評価額は四三億六七六一万一〇〇〇円。ただし、当事者双方の昭和六〇年二月一日付け上申書記載の争いのない土地面積による。右上申書のないしについては記載の数量に従い、株式会社大阪鑑定所作成の昭和五八年八月一二日付け鑑定評価書を修正したもの。同ないしについては右鑑定評価書による。南六夫から借地している土地の借地権価額一六四四万三〇〇〇円を加え、西口甚右衛門ほか一名に賃貸している土地の借地権価額一一二五万一〇〇〇円及び丸福繊維株式会社に賃貸している土地の借地権価額一億四〇〇一万六〇〇〇円を各控除している。なお、右上申書のは右鑑定評価書では評価対象外とされ、饗庭鑑定でも一部のみ記載され、しかも準公道、私道とされて他の記載はないので、全部除外した。)は八一億一三九〇万八〇〇〇円(負債額三〇億〇八六九万七〇〇〇円を控除した処分純資産価額は五一億〇五二一万一〇〇〇円。含み益四八億二三九七万六〇〇〇円)、従業員数は約三〇〇名であって、綿花をトーメン、伊藤忠商事より仕入れて綿糸を生産し、伊藤忠商事、兼松江商等へ販売しているのであるが、近年売上高が毎年減少し、経常利益は大幅な赤字となり、土地等の売却により経営を維持している状況である。昭和五五年六月には三洋電機に約一万五〇〇〇坪の土地と建物を売却し、従業員二三〇名を移籍した。今後も業績好転の見込みは少ない。子会社のアロー、南商事の業績もよくない。

綿紡はかつては我国の代表的産業であったが、化合繊の台頭、開発途上国の追上げ等で地位が低下し、韓国、中国等の輸入圧迫があり、第一次石油ショック後は不況が長期かつ構造化し、設備の自主廃棄等で均衡化を図ったものの、近時再び需要の低迷に陥っている。

(三)  抗告人南平三郎は相手方の普通額面株式六万〇四四〇株の株主、抗告人南小菊は同八万一四〇〇株の株主、抗告人南健一郎は同一万九六七〇株の株主であるところ、相手方の取締役であった抗告人南平三郎が義兄で相手方の代表取締役である南六夫と相手方及び関連会社である丸福繊維株式会社の経営方針に関して意見が対立し、同抗告人は昭和五五年八月に取締役を辞任した。

(四)  その後昭和五五年一〇月上旬になって相手方から抗告人らに対し株式譲渡制限に関する定款変更を議する臨時株主総会の招集通知がなされたことから、抗告人らは相手方に対し、右総会期日前である同月一七日到達の書面をもって右譲渡制限に反対の意思を通知し、同月二七日の総会において右定款の変更に反対したけれども、右議案は法定以上の賛成で可決され、株式の譲渡については取締役会の承認を要することとなった。

そこで抗告人らは、同年一一月一日相手方に対し、所有株式全部である抗告人平三郎は六万〇四四〇株、同小菊は八万一四〇〇株、同健一郎は一万九六七〇株の各買取請求をする旨の書面を提出したが、右総会決議の日から六〇日以内に抗告人らと相手方との間で株式買取価格について協議が調わなかった。

2  ところで、取引相場のない株式の評価方式として、一般的に①収益還元方式②配当還元方式③純資産価格方式④類似業種比準方式⑤売買実例価格方式の五方式があり、③についてはその価額の求め方により帳簿価額、再取得価額又は清算処分価額の三つが考えられている。

饗庭鑑定は、③の純資産価格方式につき、解散清算を予想した価格で継続企業としての株式評価には適当な方式とはいえないが、相手方の如く慢性的不況が続き、多額の欠損が生じ、将来の予想利益がほとんど期待できない場合には、ある程度考慮に入れる必要がある、として、他の方式と併用する場合の③のウエイトを一〇パーセントとしている。

しかし、営業を継続している会社の場合でも、株主は潜在的には残余財産分配請求権を有しているのであり、純資産価値の大なることが事業の経営に利益に働くと解するのは当然のことであるし、前記事実関係を考慮すれば、右ウエイトは一〇パーセントに止めるべきではない。

④の類似業種比準方式は、相続税及び贈与税の課税上における株式の価額評価に関し、国税庁の基本通達に基づき類似した業種の平均値と比較して、特定の算式により算出する方式であるが、元来課税目的の株式評価であるから評価の簡便性・画一性が要求され、そのため商法三四九条一項の求める「公正ナル価格」と異なった評価となることが避けられず、比準要素となる類似業種の標本会社が相手方のような同族会社で事業の内容も単純な場合と類似性があるのか極めて疑問であるばかりでなく、公表されている算式のうち減価要素として〇・七を乗ずる数値の根拠が明らかでない。したがって、本件の場合に右方式を併用するのは相当でない。

次に⑤の売買実例価格方式の採用については、饗庭鑑定は相手方の株価が東洋紡績株式会社の株価の八〇パーセント相当額とは直ちに考えられないとしながら、取引実例が相当数実在したことを理由に、右方式のウエイトを二〇パーセントとして併用している。

しかし、一上場会社の取引価額の一定割合に限定すること自体正当な株式の評価をしている訳ではないことが窺われるし、東洋紡績株式会社が相手方と著しく規模が異なり、取扱品目の構成も大きく相異していることは顕著な事実である上、本件記録上認められる売買例の買受人はそのほとんどが相手方の代表取締役である南六夫であることからすれば、右売買例は政策的な考慮か市場性のないことからする便宜的な方策として代金額が定められたもので、客観的交換価値を適正に反映しているものではないと認められる。したがって右売買実例価格方式を併用するのは相当ではない。

他方、株式価格が本来擬制資本の価格であることからして、試算価格がゼロとなる場合であっても、①の収益還元方式による価格と②の配当還元方式による価格は無視されるべきではない。

なお、商法三四九条に基づく株式買取請求は、元来譲渡自由であった株式を譲渡制限の決議がなければ有したであろう公正な価格で買い取ることを請求するものであるから、その株式の取得事情、取得価額如何は問うところではなく、抗告人らがたとえ右株式を無償で取得していたとしても買取価格に影響を与えるものではないと解すべきである。

3  以上のことから、本件株式の買取価格を定めるについては①収益還元方式、②配当還元方式、③純資産価格方式(清算処分価額による)の三方式を併用することとするが、前記1において認定した事実関係を総合して判断すれば(本来均等割合とするのが公平とみられるところ、業績好転の見込みの少ない点を考慮し、③の方式に他より若干のウエイトを置くこととして)、その割合を①につき三〇パーセント、②につき三〇パーセント、③につき四〇パーセントとするのが相当である。

右見地から、原審饗庭鑑定人の鑑定方式に従って算定すると、①の方式及び②の方式ではいずれも〇円となり、当審記録中の公認会計士播摩和夫ほか二名作成の「株式価格鑑定報告書に対する意見書」の方式に従って算定すると、③の方式では一二六四円となる。

右価額を前記割合に従って配分すると、①及び②がいずれも〇円、③が五〇五円となるからその合計額は五〇五円であり、右金額を本件株式一株の買取価格とするのが相当である。

4  よって、本件抗告は右の限度で理由があるから、結論の異なる原決定を主文のとおり変更することとし、手続費用の負担について非訟事件手続法二八条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上明雄 裁判官 堀口武彦 安倍嘉人)

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